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らっちゃんのキセキ

お世話係です。

たくさんのメッセージ、お花が届き本当にありがとうございます。
これ以上ないほどにお世話係もラスクも幸せでございます。

ラスクが旅立って一週間。
改めてここにラスクの軌跡を書いておこうと思います。

5月28日 永眠



5月29日 火葬

最期は家族みんないる中で私の腕の中で旅立ちました。
5月25日から食べられなくなり、日に日に鎮痛剤が効かなくなり痛みで鳴いてもがくようになりました。
時間の問題だと思いましたが、お世話係を見つめるラスクの目が「なんでこんなに痛いの?どうにかしてよ」と言ってるようでした。
そしてその後以前のように顔を持ち上げ顔を舐めてくれました。
もう充分だと。
これ以上の痛みも苦しみも必要ない。これ以上は私たちのエゴになる。
家族にも話をして、全員の考えは同じでした。

5月28日 安楽死

ずっとラスクがお世話になってきた先生に最期の旅立ちのお手伝いをお願いしました。
先生は自宅でみんながいる時にという私たちの願いを快く受けてくださいました。
28日の20時 家族全員が揃ったところで病院に連絡。
自宅に院長先生、奥さん先生、看護師さん。揃っていらしてくださいました。

頭を抱えて抱きしめてたくさん「ありがとう」と「がんばったね」と「えらかったね」を送りました。
最期にラスクが見るお世話係は笑ってるお世話係が良かったんです。
だから必死に口角をあげて必死に笑いました。
いくつかの薬を打ってもらいました。
痛みや不安を取り去る薬もありました。
そして深い麻酔を打ってもらったところでラスクの意識はなくなりました。
声を上げて泣いたのはのちが逝った時以来です。
最期に心臓を止める薬を打ってもらいラスクは旅立ちました。

その後 綺麗な状態を保てるようにお化粧してもらいました。
見ていて気持ちの良い物ではないから席を外してもらって構わないと言われました。
でもお世話係だけは最後まで見届けました。

その夜は今までのようにラスクの横で眠りました。

翌日、円福寺というお寺で荼毘にふしました。
丁寧にお葬式をしていただき、持ってきたオヤツやオモチャぜんぶ入れさせてもらいました。
チーズケーキをワンホール持っていきましたよ(笑)
他にも蒸しパン、ビスケット、ドッグフード、おもちゃ3個、ラスクがずっと枕として使っていた大きなぬいぐるみ。
全部一緒に。
あとのちくんにお土産の猫用パウチ。
手紙に写真。
た~くさん持っていきました(笑)
お空のみんなにおすそ分けしなさいねと伝えました。



火葬が終わってお骨を拾う時に下半身のほうはほとんど灰でした。
住職さんに「この子は本当に頑張ったんだね」と言われました。
本当に頑張ったんです。偉かった…改めて思いました。


大きな病気もしたことがなかったラスク。
でもずっとらっちゃんは爆弾を抱えてきたました。
股関節形成不全に膝蓋骨亜脱臼。
肝臓も生まれつき小さかった。
去年の年始に撮ったレントゲンでは股関節の状態はかなり悪かったのです。
その時すでに普通に歩けてしかも走ってるのが不思議と言われていました。
おそらく痛みはあったのでしょうが一生懸命歩いてくれていました。
これもまた奇跡だったなと思います。

2月17日 突然、本当に突然。右の後脚がおかしくなりました。
この時はまさか歩けなくなるなんて思っていませんでした。
でも日に日に状態は悪くなり、20日には右後脚も動かなくなりました。
股関節が原因だろうと思っていました。
はっきりと原因はわかりません。
ただ完全麻痺ではありません。
かすかに反応はありました。
希望を捨てず諦めずにサプリメント、温灸などもう一度歩けるように色々な事をしました。
しかしそれから旅に出る5月28日までラスクの後ろ脚は動くことはありませんでした。
それほどまでに状態は悪かったのです。
それでも反応は最期まであり、結果的に温灸などが血流を良くし床ずれなど作らずに済んだのだと思います。

それからはバンド、カート、車椅子などお散歩が好きなラスクが外で自力で歩けるように色々購入しました。
特に車椅子は本当に良かった。
ふさぎ込んでいたラスクの笑顔をまた見ることができた。
3月3日 この日からラスクの車椅子生活が始まりました。
それから雨の日も、季節外れの雪の日も、春の強い風の日も毎日毎日朝晩欠かさずお散歩に行きました。
近所ではちょっとした有名犬でした。



下半身に麻痺が出るとチッコが出切らず膀胱炎になる事が良くあるそうです。
圧迫排尿の仕方を教えてもらい1日3回毎日続けました。
最初は慣れませんでしたが徐々に出来るようになり乳搾りのようで楽しく圧迫排尿してました(笑)

そして骨肉腫を発症。
車椅子で立つと左に体重がかかっているように見え、触ると右前足が左に比べ冷たい感じがしました。
触ってみると脇の少し下が腫れている気がしました。
その時点でリンパ腫を疑いましたが、触れた感じ痛みの感じで骨肉腫かもれないと思いました。
レントゲンの結果は骨肉腫。
腫瘍は日に日に大きくなり、同じように痛みも大きくなりました。
確定から17日で旅立ちました。
この速さは予想外でした。

ゴハンに関してはなんでも食べる子だったのが日に日に選ぶようになっていきました。
一番最初に食べなくなったのはドライのドッグフード。
手作りも出来立てしかダメ。
魚はダメ。
何種類もの缶詰、パウチをあげました。
いろんな物を作りました。
食べてくれるなら何でも良い。
これまで食べさせてこなかったもの、あま~い美味しいもの、たくさん食べました。
最期まで食べていたのはニュートライプのグリーントライプという缶詰です。
正確にはチーズの蒸しパンを最期まで食べてました。
大阪のお世話係の西のお母さんが送ってくれたチーズケーキをほんの欠片が本当に最期。
水分は最期までチュルチュルで飲ませていました。
最期の水分は人間用のヤギミルク。
最期が薬やサプリじゃなくて良かった。

でもこれだけ寝たきりになってたのに床ずれは一個もなし!
毛艶は最期まであり、毛がパサパサになることもなく!
褒めてもらいました。
先生が言ってくださいました。
「おーみさんじゃなけりゃここまで管理できないし、こんなに長生きできなかった」
本当に嬉しかったなぁ。

10歳になった途端に一気に色々なものが押し寄せてきました。
なんというか…ラスクらしいというか…ね~ほんと。

のちの時もそうでしたけど、あまり後悔はないんです。
うちの子たちは本当に親孝行な子たちでして。
のちにしろ、らっちゃんにしろお世話係家族にたっぷり心の準備をさせてくれましたから。
やってあげたかった事、食べさせてあげたかった物、そして最期は私の腕の中で。
そういう私の願いを満たしてから逝ってくれたから。

そして、自信持って言えます。
ラスクは幸せだった。

なんだかいつの間にかたくさんの方に知ってもらい「らっちゃん!らっちゃん!」と言ってもらって(^^)
旅立った後もたくさんの方にお花をいただきました。
未だにお花が届きます。
和さん(母)は「私の葬式にもこんなに集まるかしら…」と呟いております(笑)





お世話係一人じゃ何もできなかった。
ずっと見守ってくれて、一緒に頑張ってくれた家族。
お世話係の我儘をいろんなことを我慢してくれてそれでも最後まで叶えてくれたお店のスタッフ。
ラスクが逝った後のこと、お世話係の事を心配してくれていた社長。
いつでも連絡をくれて励ましてくれた大阪のお母さん。
あんよが動かなくなったとブログで書いた直後に連絡をいただき旅立つ日まで毎日相談に乗ってくれていたゆみごろうさん。
ずっとラスクを診てくれて、最期までお世話になった先生。
弱音を吐くと陽気に励ましてくれたトリマー仲間の先輩たち。
そしてラスクを通じて出逢ったたくさんの大切な人たち。
本当にたくさんの方が支えてくれました。
あったかい心強い言葉をたくさんいただきました。
お世話係が最期までラスクを支えていられたのは、皆さんがいたからです。
本当に本当に感謝しています。

お世話係も家族もラスクを愛し抜きました。
この10年と半年、本当に幸せでした。
お世話係も、家族も、ラスクも。
悲しい事も苦しい事もあったけれどそれでも幸せでした。
そしてこれからもラスクに出逢えた私はずっと幸せです。
ラスクが繋いでくれたたくさんの出逢いやたくさんの教え、たくさんの奇跡。
お世話係は本当に色々な事を学ばせてもらった。
犬神様がお世話係の元へ「行っておいで」と送り出してくれたんじゃないかと思います。

虎之助が私の世界を作り、ラスクが世界を広げてくれた。

何か一つ時代が終わった。そんな気持ちです。
虎之助に出逢う前を「第一章」とするならば…

これにて 「お世話係 第二章 完」であります。

「第三章」は引き続きお嬢もおりますし、梅、虎太郎というコンビ共々さらにワンステージ上を目指してお世話係の旅は続きます。

本当に、本当にありがとうございました。

これからも誰かが笑顔になれるようなそんなブログを書いていきますので「お世話係の徒然日記」よろしくお願いいたします。



さぁ皆様!!
今日もニコニコさんで行きましょう♪
あなたとあなたの愛する四本足たちがHappy×∞に過ごせますように♪🍀




らっちゃんへ

ありがとう。
おせわがかりのもとへきてくれて。
かぞくになってくれて。
ありがとう。
あなたがくれたたくさんのものをこれからもだいじにあるいていくからね。

もういたくないね。
いっぱいはしってたくさんたべてね。
のちくんにはあえましたか?
おみやげちゃんとわたしてあいさつできましたか?
これからおせわになるんだからちゃんとしてね!
おそらのなかまたちともちゃんとなかよくするんだからね!

かならずむかえにいくからまってるんだよ!
かってにどっかいっちゃだめだからね!
にじのはしひとりでわたっちゃだめだからね!

たまにはおかおみせてね。
まってるから。
のちくんもいっしょにつれてきてね!

ほんとうにありがとうね。
ずっとずっとだいすきだからね。

じゃあ、またね。













あでぃおす
感謝の旅~大阪編~ | Home | ありがとう

コメント

No title

そうだったんですね。。

らっちゃん幸せでしたね。。
あなたの幸せをほんとに考えて考えて。。
そんなご家族と共に過ごせたこと・・それはらっちゃんにとっても幸せだったと思います。。

それにしてもあまりに早かったですね。。
お友達のU^ェ^Uと同じぐらいは・・と思っていたんですが。。
それぞれなのですね。。

おーみさん・・たくさんの素晴らしいお友達に囲まれて。。
それは・・おーみさんの人徳ですね。。
何にも代え難い宝ものですね。。

合掌


2015/06/05 (Fri) 20:56 | まいま #WVsK.YGU | URL | 編集
あでぃおす・・・・

らっちゃん、安らかにお眠り下さい。
フラットは、陽気でフレンドリーで、食欲バリバリでわかりやすくて、最高の犬種だと思うんですが、病気が多いのが一番辛い。おーしゃんの時を思い出します。
ワタシも病気がわかってからずっと「痛みや苦しみの程度によっては安楽死を選ぶ」と決めていました。
おーしゃんは最後の2日だけは苦しそうで、眠れていませんでした・・・・そばに寝そべって身体をなでたり顔を覗きこんで話しかけたり・・・・。最後は家族全員に看取られて逝きました。
ワタシに後悔が残らない最善の状況で。
またおーしゃんと一緒に暮らしたいと、本気で今も思っています。病気のない世界で。ね。
お互い、彼ら彼女らに恥ずかしくないよう、まだまだ残されている人生を頑張りましょうね!!
また愛しいわが子に会える日まで。

2015/06/06 (Sat) 10:16 | おしゃまま #i91Fr8G2 | URL | 編集
<まいまさんへ>

下半身不随になった時におそらくそう長くはないだろうと覚悟はしていました。
四本足の動物が歩けなくなるというのは一気にいろんな機能に障害が出てくるだろうと予想してましたから。
早かったですね…
でも長く苦しまなくて良かったと思っています。

本当にありがたいことにたくさんの方からお声をかけていただいて…
ラスクを思って泣く事はもうないですが、みなさんの心が優しくて涙が出ます。

2015/06/07 (Sun) 17:36 | おーみ #- | URL | 編集
<おしゃままへ>

本当に最高の犬種だと思うんですが腫瘍になる子が多すぎますね。
結構早い段階から考えてはいましたね。
とにかくなぜ痛いのか理解できないのにこちらの思いだけで長引かせるのだけはダメだと思っていました。
一時間ごとに痛みの発作がくる状態でがんばれとは言えなかったですね。
家族は私が納得して決めたのならそれが最善だと言ってくれました。
虹の橋の袂できっと待っていてくれると思うのでまたいつか会える時までしっかり生きていきたいですね。

2015/06/07 (Sun) 17:42 | おーみ #- | URL | 編集
No title

おーみさん

らっちゃん車椅子のお写真、嬉しそうですね。いいお顔です。
もう痛みもなくお空走ってくれてるかな~。
最期の決断、立派だったと思います。

Wankoとの生活って、楽しいこと・悲しいこと・考えることが
色々ありますよね。私も色々学ばせてもらってます。
犬神様、いるね。きっと。

おーみさんのサポートは、
不安だっただろうらっちゃんの気持ちをたっぷり癒してあげれてたと
思います。らっちゃん心強かったよ。ぜったい。
さすがです!お世話係り。

これかも応援してます。


2015/06/08 (Mon) 12:45 | むにむに #- | URL | 編集
<むにむにさんへ>

ありがとうございます。
今頃たくさん走って、うまうまいっぱい食べてみなさまにご迷惑おかけしておると思います(笑)
ほんとに彼らはいろんな事を教えてくれますね。
私もたくさん学ばせてもらって強くなりました。
お世話係として精一杯してあげられたと思います。
これからもいろんな情報とともにおもしろおかしくブログ書いていきますのでよろしくお願いいたします♪

2015/06/09 (Tue) 14:23 | おーみ #- | URL | 編集
お疲れ様でした

らっちゃんも おーみちゃんも お疲れ様でした。
深くて強い絆があるから一緒に頑張って来れたし
選択できた安楽死だと思います。

らすくちゃんのご冥福を心よりお祈りいたします。

らっちゃん・・・JACKに会ったら遊んでやってね (*^_^*)


おーみちゃん・・・らすくちゃんは痛みのない世界で楽になったから
今度はおーみちゃんがしっかり疲れを癒してくださいね。

2015/06/09 (Tue) 22:42 | pakaママ #oVsgv5kc | URL | 編集
<pakaママへ>

ありがとうございます。
pakaママもJackくんもお疲れ様でした。
らっちゃんの後を追いかけるように…
お空ではじめましてのご挨拶して遊んでるといいですね。

少しお休みしてまた歩き出したいと思います(^^)

2015/06/15 (Mon) 18:37 | おーみ #- | URL | 編集
驚きました

おーみさん,ご無沙汰しています.遅ればせですが,今日たまたまオペル君(うちのフラットのコールの弟です)のブログを見る機会があり,らっちゃんの訃報を知りびっくりしています.最後に安楽死の決断をせざるをえなかった心中はいかばかりかとご推察します.悲しいことですが,10歳まで生き,一生家族の温かい気配りに包まれて,らっちゃんはまれにみる幸せなフラットだったと思います.うちの先代のフラットの玄(らっちゃんの親戚らしいです)も後ろ足にできたガンのせいで,気づいてから3ヶ月でなくなりました.7歳になったばかりでした.激しいペットロスの予感に耐え切れず,仔犬のコールを迎かい入れたのは,今にして思えば大正解だったと感じています.おーみ家にもそのうち二代目らっちゃんが登場することを期待しています.

2015/08/29 (Sat) 20:24 | 間瀬 #- | URL | 編集
<間瀬さんへ>

お久しぶりです。
コメントありがとうございます(^^)

最期の選択への迷いはありませんでした。
今でも後悔はしていません。
あの時のベストだったと思っています。
私たち家族に最期まで愛させてくれて、愛してくれてこれ以上なく私たちもラスクも幸せです。
まだまだ涙は出ますが、ただただ会いたいなぁと。
「まれに見る幸せなフラット」
最高の褒め言葉でございます!
たくさんの方にらっちゃんは幸せだねって言ってもらえて本当にありがたく救われました。
これからもらっちゃんはずっと一緒です。
また遊びに来てくださいね♪

2015/08/30 (Sun) 00:36 | おーみ #- | URL | 編集
No title

おーみさん、
やっとコメントが書けます。
今朝、家の上空に2本の航路が見えた。だれかなと考えてました。
おーみちゃんの、らっちゃんへの愛情は画面からでもヒシヒシと感じられました。幸せな仔。

こんなに遅くなるまでコメント出来なくて、ごめんなさい。
ジャスパーと同じ年齢で同じ逝き方をしたらっちゃんだったから、きっと仲良しになっていると思う。
らっちゃん、向こうで逢おうね! 合掌

2015/09/17 (Thu) 15:56 | B&J #- | URL | 編集
<B&Jさんへ>

コメントありがとうございます(^^)
なんだかあっという間に4ヶ月経とうとしています。
うちのチビ猫達もらっちゃんが頼んで送り込まれてきたんじゃないかと思うくらい色々とありました。
らっちゃんイギリスへもいったのかな?
王子には会えたかな?
イケメン王子にきっと惚れてますよ(笑)
あっちへ行ったらとっても賑やかでしょうね。
いつか彼らに会う時にかっこいいお母ちゃんでいられるように一生懸命生きないとですね(^^)
たくさん応援ありがとうございました!

2015/09/19 (Sat) 00:27 | おーみ #- | URL | 編集

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